セミリタイア(アーリーリタイア)生活を夢見て実践していくブログです。

反対側の路線に乗っている人が羨ましい

満員電車に乗って通勤していた時、ふと駅に停車した反対側の路線を走っている電車を見ると、その車両はガラガラ。その光景を見て反射的に「あ~アッチの電車に乗ってどこか行きたい・・・」と思ったもの。

都心に向かう満員電車とは反対方向へ走る電車。いつ見てもガラガラの車内に数名の人が乗っているだけ。一方私の乗る都心方面へ向かう電車は立っているのがやっとというほどの混雑ぶり。

もちろん座っていくということなど夢のまた夢。私が乗る数駅前で座席はいつも満席になり、私が乗り込んだ後も次から次へと人が乗り込んできて、今日もぎゅうぎゅう詰めの満員電車(奴隷運搬車)のできあがり。

そんな自虐的なことを考えながら職場へ通う毎日。もちろん帰りの電車も朝ほどには酷くないものの、身体をつり革一本で支えながらボンヤリと窓に映る自分の疲れた顔を見ながら帰る日々。そんな毎日が明日もそのまた明日も、月曜日~金曜日と続くのだ。

「あの列車に乗って・・・」いったら栄光に向かって走っていけるのだろうか。反対側を走る列車を見ながら有名な歌詞の一節を思い出す。純粋にあの反対側を走る電車が羨ましかった。正確に言えば電車が羨ましいのではなく、『反対側の電車に乗ることができる人』が羨ましかったのだ。

「同じ人間だよね」という想いと、「何故自分はコッチの電車の乗客で、アッチの電車の乗客じゃないんだ」という気持ちが入り混じる毎日。通勤ラッシュに揉まれる毎日ではなくなった今でもその時の気持ちは消えていない。

今は会社に向かう時にみかける仕事をしていないような人に対し「ああ、自分も平日のこの時間帯に自由に歩き回ってみたい」という、アッチ側の電車の乗客を見ていた過去の記憶をそのまま今見た風景に投影している。

だからアッチ側の電車に乗りたいという要求はそのまま、『早くセミリタイアやアーリーリタイア生活をしてアッチ側の人間になりたい』という欲望というか願望なのだと気が付く。

アッチ側の電車に乗るにはホームの階段を上り、反対側のホームにいくだけなのだが、現実社会においてはそう簡単なことではない。アッチ側の電車に乗るにはそれなりの覚悟や準備が必要で、「良さそうだからチョイと乗ってみよう~」みたいな軽いノリで乗ることはできない。

「そんなことは重々承知だよ・・・」と、自分に悪態をつきながら、私は今日もコッチ側の電車という路線に乗って仕事に向かうのだ。

アッチ側の電車に乗りたいと思っていた過去の自分を思い出し、なんとなく暗い気持ちになったことを今回は綴ってみたけど、セミリタイアやアーリーリタイア生活を実現させるためには、コッチ側の路線をもう少し走らなければならないとの思いも抱えつつ、日々を過ごしていくしかないのかな。

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