セミリタイア(アーリーリタイア)生活を夢見て実践していくブログです。

希望的観測(きぼうてきかんそく)のススメ

セミリタイアやアーリーリタイアを夢見て日々悶々としているtake(たけ)です。

希望的観測(きぼうてきかんそく)という言葉がある。ググってみたところその意味するところは、『信念の一形態であり、証拠や合理性ではなく、「そうあって欲しい」とか「そうだったらいいな」という希望に影響されて判断を行うことをいう。 一般に、好ましい結果が好ましくない結果よりもありそうだと予測することを指す。』らしい。

要するに『良い方向へ行ってくれるといいな(ハート)』みたいな感じ。セミリタイア生活も少し資産が足りないけど、「なんとなく会社を辞めても良い方向へ人生が進んでくれるといいな」みたいな希望というか願望で飛び込んでみたいもの。

もちろんあまりに無謀な『希望的観測(きぼうてきかんそく)』では、早々に討ち死にしてしまいそうなので怖くてできないけど、トンネルの遥か先に小さな光が見えてきたくらいで踏み出してみてもいいんじゃないかと最近は思うのだ。

夜寝る前に「思い切って仕事を辞めてリタイアしてみようかな」と思いつつ寝床につくのだけど、翌朝「いや、まだまだリタイアするには不安が大きい」という考えになっていたりして、本当に毎日のように『仕事継続⇔リタイア』の間を振り子のように心が動いている状態。

なので『希望的観測(きぼうてきかんそく)』状態で踏ん切りがつけば楽になるんじゃないかと、それこそ希望的観測(きぼうてきかんそく)思考で考えてしまうんだよな。

ただ、妻はこの歳(50歳)で私がセミリタイアしてしまうことに不安を持っているようで、FPの資格を取る勉強をしたこともある妻はライフプラン表を作り、私に否応なしの現実を見せてもらえたりしています。

ライフプラン表によれば最低でもあと5年は働かなければならないみたいで、「あと5年かぁ~」と、遠い目をする私でした。人生において5年ってそれ程長い時間とは思えないかもしれませんが、若いうちはまだしも50歳からの5年間って結構重い意味を持つ5年間なのではないかと考えてしまう。

55歳になったからと言って急にお爺さんのようになるとは思えないのだけど、50代の頭も身体的能力もある程度『イケている』うちに、好きなことをして過ごしてみたいという願望(欲望?)もある。

しかし、希望的観測(きぼうてきかんそく)通りに人生が進まなければどうするのか、という不安がリタイアを許してくれない今、このまま今の仕事を5年間続けるのか、毎日のように頭を悩ませているところなのだ。

ブログタイトルには『希望的観測(きぼうてきかんそく)のススメ』などと書いてみたけど、そんな軽い気持ちで人生の一大選択をする気になれないのも事実。独り身であればどうとでもなるのかもしれないが、大切なパートナーがいる以上、慎重にならざるを得ない。

仕事に集中している時はそのようなことは考えなくても済むのだけど、やはりふとした瞬間に「このままでいいのか?」という疑問(疑念)が沸いてきてどうしようもなくなる。

そんな気持ちを抱えたまま2020年の秋が始まる。

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