セミリタイア(アーリーリタイア)生活を夢見て実践していくブログです。

やらなければならないことの無い日常を想像してみる

毎日のようにやらなければならないことが多いと、お疲れ気味のtake(たけ)です。

自分のための時間という定義

セミリタイアをしてしまえば仕事に忙殺されることもなく、時間に追われることもなく生活できると思っている私。時間が足りないという感覚を常に持ち続けているのは、やはり毎日仕事をしているから。

仕事という時間を消費する生活から解放され、自分のために使える自由な時間が今より増えれば、この『時間が足りない』という感覚も無くなるのだろうか。

『自分のための時間』というけれど、仕事をしているのも『自分が生きていくため』という側面もあり、仕事をしている時間が『自分のためではない時間』ということもできないジレンマを感じます。

セミリタイア後の生活を想像してみる

セミリタイアが実現すれば、今より仕事の時間を大幅に減らすことができる。他のセミリタイア関連のブロガーさんを見ていると、週休5日なんて人も多い。そうなると週のうち2日は労働があるけど、残りの5日間は何もしなくても大丈夫だということ。

もちろん食事や掃除、洗濯等の家事はしなければなりませんが、後の時間は特に何もしなくても構いません。時間通りに家を出て仕事に行くこともなく、しなければならないことも無い日常生活が続きます。

『ヒマを持て余す』という言葉がありますが、セミリタイアをして自由な時間が豊富に手に入れば、そのような状態になるのでしょうか。やらなければいけないことが無い日常生活を体験したことがないため、あくまで想像の範疇を出ませんが、そのような『ヒマを持て余す』ようなことが私には無いような気もします。

コロナ禍の中で見えてきた自分のヒマ耐性

新型コロナウイルスの感染拡大が収束せず、2020年は前半から週末は強制的に巣ごもりしなければならない状況になっていました。そんな中、自宅でしていたことは何だったのか、振り返ってみます。

・朝は布団の中で遅くまでグダグダ
・遅く起き出して昼食みたいな朝食を摂る
・ネットや読書で時間を過ごしていると眠たくなり、昼寝
・昼寝から目が覚めると午後3時過ぎ
・早めに夕食を作って食べた後、妻とテレビを見て過ごす
・早めに風呂に入る
・寝るまでネットや読書
・昼寝をしているため眠たくならず、遅くに就寝
・以下次の日も繰り返し

というような感じで、あまりに運動不足だと感じられた時は夕方から妻と散歩に行くような生活を、ゴールデンウイークやお盆休みはしていました。このように自宅でゆっくりと過ごす快適さを知ってしまった今、『やらなければならないことの無い日常』の過ごし方がリアルに想像できるようになり、『ヒマを持て余す』というようなことはないかもしれないと思っているのです。

暇耐性にばかり意識がいき、『やらなければならないことの無い日常』をいかにやり過ごすかということに腐心しなくても、やることが無ければ『ボンヤリ』と寝転がって天井を見ていてもいいし、椅子やソファーに座ってボンヤリとしているのもいいのではないかとも思う。

人間は基本的に起きている間は『何かしなければ』という強迫観念に近い行動特性を持っているようだけど、『何もしなくても大丈夫』なようにもできていると思うのです。

『やらなければならないことの無い日常』を想像しつつ、今日もやらなければならないことがテンコ盛りの、職場に行かなければならない私でした。

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