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大量生産・大量消費の時代はとっくに終わっている

つい数年前まではとかく大量消費をしていたtake(たけ)です。

『大量生産』『大量消費』が悪く言われ始めたのはいつの頃からだろうか。なんとなく覚えているというか、思いつくのが、家電製品が壊れても修理するより新しく買った方が安いと認識されるようになった頃かもしれない。

10年ほど前、文字を印刷するだけの機能でいいと考えて購入したプリンターのインクが切れ、インクを購入しようとしたらインク付きの新品本体丸々の方が安く手に入ると知った時、「大量消費の世界はここまで来ているのか」と衝撃を受けたもの。

あれから10年以上の時が経過しているにも関わらず、相変わらず大量生産・大量消費の風潮は変わっていないと感じる。私の中では『大量生産・大量消費』の文化は完全に終わっているというのに。

この世界を際限なく回していくには、『大量生産・大量消費』という行動を止める訳にはいかないこともある程度承知している。ただ、そんなに溢れ返るほどのモノが必要なのか、時々思ってしまうこともある。

大量生産の成れの果て

・スーパーに並べられた大量の食料品
・廃棄率を考えて価格設定されているコンビニの弁当やパン
・いつまで経っても売れない大量の在庫を抱えている中古車販売店
・テレビやネットで繰り返し宣伝している大量のモノやサービス
・枯渇すると言われながら今では余り気味の化石燃料
・リサイクルショップに並ぶゴミ同然の商品の数々

こんなにもモノが溢れている原因のひとつは、限りない人間の欲望だ。私も欲望を持っている人間のひとりなのだから、偉そうなことは全く言えはしないのだけど、『大量生産・大量消費』を少しでも疑う気持ちがあるのが唯一の救いかもしれない。

それでも世界は『大量生産・大量消費』の道を突き進むらしい。毎年のように新しいスマホが発売され、定期的に新型車が発売され、新しいブームを業界とマスコミが結託して作り出していく。

ブームが訪れて去っていくまでのサイクルが年々短くなり、ブームが去った後には消費されなかった大量のゴミが残る。そのようなことが良いこととは思わないと薄々皆が気付いていても、企業の歯車に組み込まれている人々はそれを止めることはできない。

私個人としては『大量生産・大量消費』の時代はとっくに終わっていると思うのだけど、まだまだ世界は『大量生産・大量消費』で経済を回していかなければならないみたいだ。今は個々の嗜好がものすごく多様化し、同じモノを大量に生産しても以前ほど消費者は大量に消費してくれなくなっている。

そのため、前述のような大量のモノ余り現象が起き、余ったモノが新たな生産の足かせとなる悪循環に陥っているようにも感じるのだ。

『大量生産・大量消費』に背を向ける新たな動きに期待する

だから私だけでも『大量生産・大量消費』に背を向けようと思う。ただ、最近は私の忌み嫌うブームという現象のひとつに、『ミニマリスト』という動きがある。まさに『大量生産・大量消費』を疑うムーブメントで、なるべく少ない持ちモノで生活をしようという発想。

コレはなかなか良いブームだと思っている。『ミニマリスト』ブームが『大量生産・大量消費』ブームを完全に駆逐するとは思えないけど、多少なりとも影響はあるハズだ。コストコで大量に食材を購入して大量に消費するようなテレビ番組が、消えて無くなることを今から期待している私なのだ。

そうは言いつつも「自社の製品が全く売れなくなると困るなぁ~」と思いながら仕事をする私は、まだまだ『大量生産・大量消費』生活の一端を担っていると、複雑な気持ちになってしまうのです。

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