セミリタイア(アーリーリタイア)生活を夢見て実践していくブログです。

攻撃は最大の防御か?(逃げるも大切)

「何事も逃げずに頑張りましょう」と言われると、無性に逃げたくなってしまうtake(たけ)です。

この『困難から逃げてはいけない』というセリフ。いつの時代のどの年齢頃から言われ始めたのだろう。昭和時代に蔓延した気合や根性論は令和時代の今、敬遠されているのに、『逃げたらアカン』というフレーズはいまだに幅を利かせているような気がしている。

逃げるが勝ちは動物の世界では当たり前

人間界では『逃げるは負け』だけど、動物界では逃げて生き延びる戦法を取っている者はほとんど。身近なところでは鳥や昆虫。彼らは余程追い詰められた状況にでもならない限り、まず最初に全力で逃げ出します。

なぜ全力で逃げるかと言えば、逃げなければ確実に命の危険にさらされるから。鳥も昆虫も外敵に狙われた場合、自分より力や姿の大きい者が相手となるため、全力で逃げなければ捉えられ、食べられてしまいます。

動物界は完全な弱肉強食の世界のため、逃げずにモタモタしていると、敵の食料になっておしまい。

人間界も弱肉強食なのに何故逃げない?

人間の世界では弱肉強食と言っても、街中を歩いている時に突然食べられてしまうということはありません。そんなことになれば、誰も家から一歩も外に出ることができなくなってしまいます。

だからと言ってあらゆる場面から逃げないでも大丈夫とは言えません。学校ではイジメ、会社ではパワハラ・セクハラ、家庭ではDVやモラハラ等々、動物界も真っ青の弱肉強食の世界が繰り広げられているのです。

人間はなまじ言葉というコミュニケーションツールを獲得したばかりに、高度に発達を遂げた一方、弱肉強食の世界での『逃げ』を許さない世界になっていると思う。

逃げなければ命の危険をともなう

・イジメから逃げなければ命が危ない
・パワハラ、セクハラから逃げなければ命が危ない
・DV、モラハラから逃げなければ命が危ない

というように普段から教えられているにも関わらず、多くの人が気合と根性でその場にとどまり、精神を崩壊させたり最悪の場合は自死を選んだりしています。

なぜ逃げられないのか?

自分も過去にはさんざん逃げ回っていた記憶がある。自分から積極的に逃げた場合もあり、結果的に逃げた形になった場合もあった。逃げて良かったのかどうかは今でも分からないけど、逃げてしまったことを恥じたこともある。

・逃げても何も変わらない(ぞ)
・逃げるのは恥だ(ぞ)
・逃げてもまた同じ問題に悩まされる(ぞ)
・逃げてしまうと今よりもっと状況が悪くなる(ぞ)
・逃げてしまうと成長しない(ぞ)

というような脅迫めいた言葉も世間には蔓延している。このような脅しの言葉は逃げてしまいたいくらい弱っている者の心にはことさら深く刺さる。このような言葉に絡めとられ、身動きができなくなってしまう者もいるだろう。

逃げる逃げないは個人の自由だと思う。命の危険があるのであれば積極的に逃げてもいいと思う。何も変わらなくても、恥をかいても、同じ問題に悩まされても、状況が今より悪くなっても、成長しなくてもいいのだ。生き抜いてまた逃げればいいと思うのだ。

命が無ければ逃げることもできないのだ。

私が画策しているセミリタイアも一種の逃げなのか?

セミリタイア生活を夢みて日々過ごしている私も逃げているのだろうか?時々そんなことを考えてしまう。世間一般のレールから外れることが逃げだと言うのであれば、セミリタイアは逃げになるのかもしれない。

それでもセミリタイアが人生最後のエスケープゾーンだとすれば、そこへ向かって全力で逃げていきたいと考えているのだ。場合はよっては逃げ切れないかもしれないと思いつつ、逃げなければ食べられてしまうような気もして、毎日落ち着かない日々を過ごしていることも事実なのだ。

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